アフリカでカレー!?インドと南アフリカの意外な関係
Dumela~~~
南アフリカ、ブルームフォンテインからお送りします。
さて日本は夏ということでこちらは冬。先週は朝晩マイナスになるくらいでしたね・・・
ちなみに今週はこんな感じ↓
朝晩の寒暖差で風邪ひいている人続出!
よく日本とどっちが寒い?と聞かれて、日本は場所によっては雪けっこう降るからね~と答えつつ、
いやでも南アの方がしんどいかも!?と言ったり。
というのも、窓がガバガバで寮の部屋にいても冷たい空気がガンガン流れ込んで来たり
暖房有の授業は今まで記憶にないですね・・・という感じだからです。
ここブルームフォンテインは
南アフリカの中に位置する国レソト(有名な山脈などがたくさん)の西側に位置し、
レソトからの冷たい空気のためか、「アフリカ」のイメージとは異なり、寒いです…
ちなみに大体今日寒いな~という日はレソトで雪が降っています。
しかし、南アフリカの全域がこんな感じで寒いわけではありませんっ!
暖かい地域の1つが、南アの東側クワズルナタール州、特に南ア第三の都市ダーバンです☆
(1が怖くて近づけないヨハネスブルク、2が有名なケープタウンですね)
ここはビーチが有名で、年中暖かいということもあり、観光にはもってこいっ!
僕が7月の頭に訪れた際も、日中はι(´Д`υ)アツィーという感じで
ビーチでは多くの人が遊んだりサーフィンなどのマリンスポーツを楽しんでいました。
一応"冬”のはずなんですが・・・
午前中の早めの時間でももうみんな楽しんでいるようです!
ちなみにこれは「リクシャー」というやつらしいです。
ルーツは、日本の「人力車」」だとか!?
ただ治安もそんなにはよくないみたいなので、
気を付けましょ~~
さて、これは何でしょう!?
そう、インドカレーです!
正しくは、「ダーバン・カリー」とか呼ばれています~~。
実はここダーバンを含む「クワズルナタール州」(略してKZN)には
多くのインド系南ア人(インドの方を思い浮かべてもらえれば。。。?)が住んでいます。
こんな感じでいろんなカレーが食べられます~☆
実際にできたカレーを食べるだけでなく、
カレー粉?スパイスも買えます。
例えば、こんなお店。
カレーとかだけでなく、
南アでよく行われる「braai」(BBQ?)用のスパイスやフライドポテト用のスパイスなどなど。
ここはダーバンにある、ビクトリア・ストリート・マーケットという場所で、
お土産店から日用品、生の?魚介類や肉などが手に入るところで、
観光ツアーなどもよく訪れるとか。
こんな感じで、好みを言うとブレンドしてくれます。
ちなみにカレー作れるようにスパイスを買いましたがまだ使っていないため、
美味しいかどうかの保証はできません。悪しからず!
ちなみに観光ツアーでここだけを訪れるより、
その周りにある商店や街自体を合わせて見ると、より人々の生活が分かるのではないかなと思いました。
多少注意すべき場所もありますが。
多くのインド系のみなさんに会えるかも!?
実は、現在南アフリカには130万人以上のアジア系が住んでいて、
100万人ほどがインド系だと言われているとかいないとか。
南アの人口統計などでは人種等によって分類をする場合があります。
その分類方法とは…
・Black African
・Coloured
・Indian/Asian
・White
の4つです。
この分類を見てもらえれば分かるのですが、
アジア系は単にAsianという表記ではなく、「Indian/ Asian」となっています。
ということで、南アフリカでのインド系の存在感は実はそこそこあるわけですね~~
というのも、歴史的に南アフリカはインドからの移民が多かったのです。
19世紀にイギリスが現在のKZNを含むインド洋沿岸地域を植民地とした際、
そこでの砂糖園プランテーション労働力として、
主にヒンドゥー系インド人年季労働者が導入されました。
この時期なので、奴隷、というわけではなく、
一応賃金は支払われていましたが植民地下でそんなイイ待遇は期待できません。
人種差別等でも苦しめられます。
また、同時期にインド商人がビジネス目的でやってきます。
イスラム系が主です。
彼らは商売上手で、どんどんビジネスを拡大させたため、
ヨーロッパ系から危険視され、そうしたものが結果的に人種差別等にもつながっていきました。
ということで、こんな感じで移り住んできたインド系のみなさん。
しかし、ヨーロッパ植民地の下では平等な権利など与えられるはずもありません。
やっぱり不満もたまってくるわけですね。
そういうタイミングで登場するリーダー。南アでは誰だったのか?
実はみなさんご存じ「ガンジー」です!
非暴力・不服従運動、塩の行進などで有名なあのマハトマ・ガンジーです。
(世界史の教科書とかでさらっと南アにいたよって書いてあった気がしますが、ほんまにさらっと?)
彼はイギリスで勉強したあと、まずは南アフリカのイギリス植民地でまず弁護士を始めました。
彼はここで強烈な経験をします。
現在KZNの州都になっている、ピーターマリッツバーグという都市で人種差別に遭ったのです。
彼がヨーロッパ系用である一等車に乗っていたところ(乗ろうとしたところ?)としたところ拒否され、
ピーターマリッツバーグで強制下車させられます。
この出来事がその後の彼の人生に大きな影響を残したそうです。
今ピーターマリッツバーグの街の中心にはガンジーの像が置かれています。
この土台部分には、その出来事についての彼の言葉が刻まれています。
"My active non-violence began from that date."
それほどショッキングな出来事だったんですね。
それから彼は南アに住むインド系の権利獲得を目指した運動をリードし、
一定の成果をおさめてインドへ帰国したようです。
ちなみにこの奥の建物は「コロニアル (Colonial)・ビル」と呼ばれています。
ちなみにちなみにピーターマリッツバーグはこの「シティ・ホール」が有名です~
そもそも、なんで今回インド系やKZNについて書いているかというと
冬休み(6月中頃~7月中頃)中に南ア内を旅行し、これらの場所に行ったからなのです。
他にも行きました。例えば、首都プレトリア(正式にはツワネ?)。
南アは、行政・立法・司法が3都市に分かれているので、行政首都になるんですかね?
(ちなみにBloemfonteinは地味に司法首都、ケープタウンに国会があります)
ということで、基本的に政府が入っている建物、
いわゆる「ユニオン・ビルディング」へ行ったわけです。
太陽・・・
マンデラのでっかい像があります。
ユニオン・ビルディングの中からだと、
こんな方向で中心街が一望できる感じに設計されています。
(これは外+低い位置なのでご了承を)
そしたらこれが。
「え、ここってインド政府のビルなん??」
・・・違います南アフリカ共和国の政府の建物です( ゚Д゚)
でもなぜインド国旗が・・・・?
実はこの時インド首相が南アを訪問中で、
ちょうど僕が行く前日にユニオン・ビルディングにいらっしゃったとか。
なので、下の写真のように南ア国旗とインド国旗が並べられています~
こんな感じでインドと南アの関係を見せつけられた旅行でした。
さて、こんな感じでインドと南アの関係を紹介してきましたが、
実はダーバンで、南アと日本の関係を見つけることもできます!
それはここ、ボタニックガーデンでです☆
こんな感じで植物に囲まれて落ち着いた時間が過ごせます( *´艸`)
そこに突如こんなものが!!
上の灯篭は1932年・昭和7年に日本政府から送られたものだそうです。
ちょ~~~~~~っとだけでしたが日本を感じることができ、落ち着きを取り戻しました。
南アの夏は、日本の冬!
ということで、是非寒い寒い冬に耐えられないそこのあなた!
ちょっと足をのばして、アフリカ大陸の南のほうまでいかがでしょうか!?
夕暮れのダーバン