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雲南調査団 ~饮料を通して見つめる農村のリアル~

ハ━━━ヾ(。´囗`)ノ━━━イ

みなさん お久しぶりです。

4月から無事5年生に進級でき、モラトリアム満喫中の☆セイタ☆です。

たまこみグローバルダイアリーのコンテンツ不足が叫ばれて久しくなってきたようなので、

忙しく首の回らない(物理)かいぬめのために、ここらで僕が一肌脱ぎたいと思います。

(かいぬめの自撮りをアップする予定でしたが、諸事情により行いません。

また、本ブログのコンテンツは充実してきています( ^)o(^ )

今回僕が訪れたのは皆様の予想通り、中国です。

その中でも雲南省というほぼ東南アジアな地域を訪れました。

その中でもプーアル(お茶が有名)というまじ田舎な地域を訪れました。

その中でも、那柯里(ナコリ)という中国人でさえよく分からない農村を訪れました。

ちなみに、ナコリは「茶馬古道」という茶版シルクロードが通っており、

それを目玉にした観光化が政府主導で行われています。

テーマは「観光化」と「お茶」と「コーヒー」です。

3グループに分かれて、調査しました。僕は観光化です。

この辺でスケジュール紹介☆ 3月1日 移動日 3月2日 現地にてコーヒーを学ぶ 3月3日 現地でお茶を学ぶ 3月4日 現地のスーパーの調査 3月5日 フィールドワーク 3月6日 フィールドワーク 3月7日 フィールドワーク 3月8日 調査発表+学長とご飯 3月9日 昆明を観光+副学長とのご飯 3月10日 移動日

フィールドワークの時の1日の日程 8時集合 17時にホテルへ 17時半から21時くらいまで宴会 21時半から1,2時間ディスカッション 23時くらいにルームへ そこから、雑務をする学生と2次会に行く学生にわかれます。

ちなみに、僕はすぐ寝るか、本を読むかのどれかです。ゆとりなんで^^;

ぶっちゃけ現地でがっつり調査をしたのは3日だけだったので、

そこまで質の高いアウトプットができたかは微妙です。

なお、大阪大学出版界から今回の調査内容は出版されました(・へ・)

まず 僕がお茶について学んだことについて簡単に紹介したいと思います。

この子はイ族で20歳です。美味しいお茶を入れてくれます。

なお、僕もお茶を注いでみたんですが、僕が入れたお茶は苦かったです。

お茶には美女がマストということを学べました┌(┌^o^)┐

もう少し真面目な話をすると、プーアル茶には生茶と熟茶があります。

熟茶は発酵させたお茶のことです。

お茶は長く発酵させればさせるほど、価値が上がるそうです。

これは後で述べますが、コーヒーとの大きな違いであり、

お茶農家が比較的裕福に暮らせる大きな要因となっております。

ちなみに、6日に農村を訪問した際、オジサマからかなり長い間発酵させたプーアル茶を頂きました。

(1500元、16円=1元)

我が家で更に発酵させるべきか、Amazonで2,3万円で売るか悩みどころですね(´- -`)

次はコーヒーのお話! これは別のグループが調査した内容です。

(調査が終わって、白酒という50度のお酒を浴びるように飲んだ後に9時くらいからディスカッションをするのが僕達の日課Death)

コーヒー農家は比較的貧しい方が多いとのことです。

なぜなら、大企業との交渉ができないからです。

理由は2つあります。

1つ目がコーヒーは加工コストが高いからです。

コーヒはフルーツっぽいモノ(鮮果)に二、三段階の加工を施して、

ようやく僕達が味わっているコーヒーになります。

その加工には大型の機械が必要で、それにはだいたい2、300万元かかるそうです。

それゆえ、個人では加工ができないため、

大企業が加工前の状態のコーヒーを安く仕入れて、加工し、高く売るという構造が生まれてしまいます。

お茶の加工に必要な機械は30万元ほどだそうです。

もう一つの理由は、お茶が保存により価値を上昇させることができるのとは対照的に、

コーヒーは収穫されて焙煎されるまで時間が経つにつれ劣化していきます。

そのため、コーヒー農家は大企業にコーヒーを売らざるをえないというわけです。

また、このグループは二つの村を回ったそうです。

一つは比較的裕福なコーヒー農家の村、もう一つはthe貧困なコーヒー農家の村です。

この二つの村の明暗を分けた要因はいくつかあります。1つ目がコミュニティの存在です。

裕福なグループは村全体でお金を出し、インフラを整えるなどの投資をしたそうです。

そのおかげで村が発展したそうです。

2つ目が出稼ぎです。裕福な村では出稼ぎをする人が多く、現金収入を得る機会が多かったとのこと。

3つ目の要因として、野菜の栽培です。

裕福な村では家の近くで野菜を栽培して、自家消費している農家が多く、支出が比較的少なかったようです。

まあ、そろそろ僕が調査した観光について話したいと思います。僕が調査したナコリはこんな感じ!

僕は前回も雲南を訪れたことがあり、その時も似たようなテーマで調査をしました。

ちなみに、今回僕が書いた報告書の題名は「ナコリ住民のナコリに対する認識と外部との関係」です。

ナコリ住民が自らの村に対する認識を形成する上で外部要因が与えた影響について書きました!

僕は観光化された村ナコリで調査をしていました。

ナコリは「茶馬古道」という茶版シルクロードの宿場町の一つであり、

現在「茶馬古道」を全面に押し出した観光化が進んでいます。

ただ、面白い点としては、観光化がここ7年で政府主導の下で急速に進んだことです。

茶馬古道そのものは500年以上の歴史があるにもかかわらず。

また、村人の茶馬古道に関するコメントも曖昧なものが多かったです。

「茶馬古道」を広めたいといいつつ、それが何のことを指すのかわかっていない若者、

村役場の副書記にも関わらず、茶馬古道がなぜ重要かわからない人もいます。

そこで、僕はこの「茶馬古道」が外からやってきた概念であるという仮説をたてました。

そして、ナコリの住民が外からやってきた概念を受け入れることができた要因として、

①緩衝材としてのお茶

②民族の多様性

③受け入れやすい概念

④政府の開発援助

の四つを報告書では挙げました。

全部説明すると10000字くらいになっちゃうので、今回は自分の研究については述べまへん( ゚∀゚):∵グハッ!! buzzれば、また書きたいと思います。興味のある方はコメント欄へ!

( https://www.facebook.com/tamakomiglobal/ こちらへどうぞ~)

そんなかんやで、10日間が過ぎました! 今回大変だったことをまとめたいと思います!

大変シリーズ①翻訳

今回は3グループに分かれたのですが、僕達のグループは僕以外誰も中国語を話せませんでした。

僕がずっと翻訳をしてました。

何が大変って、雲南の方言そこそこキツイんですよね(笑)

ただ、辺境の割には標準語綺麗です。

というか、漢族ならほとんど訛ってません。少数民族ならば5割は聞き取れます。

残りの5割で大事そうなところは

同行していただいたプーアル学院大学の先生に標準語に翻訳してもらってました(´-ω-)

あと、「そんなの聞いても仕方ないでしょ!」みたいな質問を後輩から翻訳するように言われて、

翻訳したら変な空気になって辛かったことも結構ありました(; ・`д・´)

大変シリーズ②白酒

これはやばかったです。50度のお酒です。駐在員がよく死ぬそうです╭(°A°`)╮

僕自身もけっこう飲みました。

ビールは彼らにとってジュースなので、宴会の時はこれを飲まないわけにはいかなかったのです。

(ちなみに、毎日宴会です笑)

もう一つお酒に関連して大変だったことがあります。それは、今回飲めない学生が多かったことです┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

大阪大学の先生学生+プーアル学院大学の中でも仲の良い先生達と飲んでる時は比較的安全でした。

1番飲めない子はすごい童顔だったので、「あの子は16歳だよ」とか言っておけば誰も飲ませません。

大変だったのは、プーアル学院大学の学長に招待された時です。

まず、僕達の先生であるス先生(モンゴル系中国人)は副学長と仲良しです。

そして、副学長と学長はあまり仲がよくありません。ス先生もそうです。

それゆえ、学長の隣からス先生がどんどん離れていっているのを僕は不安そうに眺めていました。

そして、時が満ちました。学長が僕達に「か・ん・ぱ・い」を要求してきました。

この言葉は本来「杯」を「乾かす」と書きます。もちろんみんな乾かさなければいけません。

それなのに、飲めない童顔の子が杯を乾かしきれませんでした。その時、学長が「飲めよ」と言いました。

僕は不安でビクビクしてました。

そして

学長が席に戻りました。 何もなくて本当に良かったです。

中国の宴会は政治の場だということを身をもって体験しました。

めっちゃ高そうなご飯が全然美味しくなかったです。

大変シリーズ③雑務 この件に関しては僕は何も言えまへん(笑) 僕は基本的に仕事をしていなかったからです。

というのも、僕の仕事は翻訳であり、お昼の仕事だったからです。

夜の仕事は寝ることです_( (_˘ω˘ )_スピー

+質問内容を考えたりしていました。

それゆえ、雑務はなるべく後輩にアウトソーシングしていました。嫌な先輩ですね(笑)

将来働くようになったら仕事はできる限りパン職に丸投げしたいですo(`・ω´・+o) ドヤァ…!

ほかの学生はと言うと、超大変そうでした。

特に、コーヒーを担当した班は過労死ラインを超える残業量だったと思います。

というのも、その班は厳しいことで有名なス先生の担当だったからです。

さらに、日中はス先生が言う内容をひたすらメモ。

夜はス先生に指示された通りにグラフやパワポを作るという雑務に追われていました。

めっちゃ大変そうでした。なお、発表のクオリティはかなり高かったです。

ちなみに、僕のパワポのクオリティはめちゃくちゃ高いです。

某超絶ハイスペック東大生H.Tのパワポを使っているからですo(`・ω´・+o) ドヤァ…!

プーアル学院大学の先生からは「1番良かった」との評価を頂いたそうですo(`・ω´・+o) ドヤァ…!

なお、その褒め言葉が

「外国語のできる学生の中にもこんなに物事を考えられる子もいるのか」

と言ったものだったそうです。

外国語学部の学生に対するイメージはどうやら芳しくないようですね。

こんな感じで大変な事がめちゃくちゃ多かったです。

その一方、得るものも多かったです。

例えば、調査全体のアレンジができるようになったことです。

例えば、村全体の事を知っている人の話を聞きたいと思ったので、

村役場の副書記をプーアル学院大学の先生に紹介していただけるようにお願いしたことなどです。

後は、通訳の難しさを知れたことです。

最初の方は同時通訳をしようと頑張っていたのですが、けっこう大変だったのでやめました。

というのも、少しでも聞き取れない言葉があると、その段階で翻訳できなくなるからです。

途中からは、三十秒くらい聞いてからまとめて訳していました。

この問題点は、話の水をさしてしまうことです。それゆえ、話が盛り上がりません。

また、回答者が長々と話してしまうと最初の方言っていたことを忘れてしまいます。

人の記憶は儚いものですね(´- -`)

ちなみに、ス先生は昔30分間話を聞いて、

その後一言一句違えずにすべて翻訳したことがあるそうです( ๑"・・)ヤバイ...

そろそろ冗長になってきたので、 これくらいで筆を置きたいと思います。

僕の次回作に乞うご期待!

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